LGBTとは?疑問を徹底解説~自分とは違う『性と愛』の人々完全ガイド!

      2017/06/30

スポンサーリンク

非常識なものを受け入れられないあなたへ。

LGBTとは何か、どんな人たちなのか、何を思い、どんなことに悩んでいるのか。

 

あなたはご存知ですか?

 

よく分からない存在であるLGBTの人たちに対して、実はちょっと「違和感」「拒否感」「居心地の悪さ」を感じてはいませんか?

 

「LGBT」あるいは「LGBTQ」という言葉が日本で使われ始めてからだいぶ時間が経ちましたが、一般的にはまだまだ浸透しているとは言い難いのが現状です。

 

30代より上の世代では、知っている人がだんだんと少なくなっていく傾向にあるでしょう。

 

しかしこれからは「知らない」では通用しない世の中になるはずです。なぜなら、「LGBT」と呼ばれる人たちは確かに、しかもかなりの割合で存在することが分かったからです。

 

今回は、本マガジンのカテゴリーテーマの一つでもある「世界を広げる!」というテーマのもと、LGBTについて深く理解するためのあんなことからこんなことまで、詳しく徹底ガイドします!

 

あなたの世界をグンと広げていきましょう!

 

LGBTは人口の7.6%

 

まずはこの世にLGBTと呼ばれる人たちがどれくらい存在するのか見ていきましょう。

 

LGBTは人口の7.6%、およそ13人に1人の割合で存在すると言われています。

 

これが何を意味するかと言えば、学校のクラスにも、会社の中にも、スポーツのチームにも、サークルにも、電車の中にも、この世界中のあらゆるところに必ずLGBTは存在し、さらに言えば、LGBTの家族、理解者、友人などまで含めると、私たちの知り合いのうちで「LGBTの関係者なんて会ったことないよ」というのはありえない話なのです。

 

では、どうしてLGBTはこれほどまでに目に見えにくい存在なのでしょうか?

 

最近でこそ、世界の公人がカミングアウトをしたり、日本のテレビでもゲイやトランスジェンダーの人が出演したりと「見える」ようにはなってきましたが、実際にあなたの周りで「私はLGBTだ」として働き、友人として付き合っている人がどれほどいるでしょうか?

 

そう多くはないのが現状です。

 

それはなぜか。

 

私たちが彼らを知ろうとしないからです。

 

よく知った上で、「いやだ。受け入れられない。気持ち悪い」と思うのは本人の自由でしょう。(ただし一般的にそういった「発言」をしてしまうと人格を疑われますが。)

 

もっとも恐ろしいのは「無知」、そして知ろうとしないこと(無関心)です。

 

知らないと、人は人を傷つけるのが容易くなる

 

「LGBTって言葉はなんとなく聞いたことがあるけど、あれでしょ?男なのに男が好きとか?でも俺の周りにはそんなやついないし。会社的にもLGBTフレンドリーにする必要があるかとかよく分からないよね」

 

社会では日々このような「無関心」が「7.6%」の人の耳や心を冷たく通り過ぎます。

 

「マイノリティは弱者だからって、マイノリティの権利ばかり主張するけど、そういうのってもう飽き飽きしてるんですよね。どうして自分の権利ばかり主張するんですか?目立ちたいの?」

 

インターネット上では、日々このような「悪意」が発信され、「7.6%の一般人」の心を閉ざしていきます。

 

「7.6%」とと言う数字がどれほどの数なのか想像しづらい場合、ちょうど同じくらいの人口の比較対象があります。

 

左利きとAB型。

 

これらの人の人口も、ちょうどこれくらいの割合だそうです。

 

そう、結構当たり前に周りにいるんです。7.6%というのは。

 

まだLGBTという存在がどんなものなのか分からず、拒否感や嫌悪感、居心地の悪さを感じる皆さんと共に、今回はLGBTと呼ばれる人たちがいったいどういった人々で、どのようなことを思い、どういった人生を歩んでいるのかを学んでいこうと思います。

 

知ることは、あなたの世界(心)を大きく広げてくれます。

 

知ることに関して、こんな名言もあります。

 

「知ることによって、人間は人間らしさに至る」(ハーフェズ/イラン人詩人/1325年生まれ)

 

本マガジンは、夢を叶える主人公のための舞台裏マガジンです。夢を叶え、成功し、幸せになり、お金持ちになりたい読者の方であれば、「知ること」の重要性は十分にお分かりいただいているかと思います。

 

LGBTがどういった人々なのか、これよりじっくり解説していきますので、これを機に深い理解と知識を身に着け、「LGBTが非常識」である現代が「LGBTなんて常識」である未来に変わっていく生き証人となってください!

 

 

同性愛者とはどんな人達?

 

同性愛者、ゲイ、レズビアン。これらの言葉はどちらかというと「LGBT」よりも広く浸透しているのではないでしょうか?歴史も長い言葉です。まずは、知っているようで詳しく知ってみたことはない「ゲイ」と「レズビアン」について、詳しく見ていきましょう。

 

最初に断っておきますが、同性愛者も、両性愛者も、トランスジェンダーも、性的指向や性自認を自分で決めたわけではありません。生まれながらに「同性を愛してしまう」「性の垣根なく愛してしまう」のです。生まれたときから心が反対の性だったのです。

 

これらの特徴を、「自分で選択したんでしょ?」とお思いの方がいらっしゃいましたら、医学的にもそれは間違った認識であり、彼らは自分で選択して「LGBT」になったのではないということを知っておいてください。

 

ゲイ(Gay)

LGBTの「G」の部分を指す「ゲイ」は男性同性愛者を意味します。

 

よく「心が女性なのか」と誤解されるのですが、ゲイとは

 

「体=男性」「心=男性」「好きになる人=男性」

 

という人たちのことです。

 

しかし「ゲイだからゴリゴリに男らしくなければならない」「ゲイだから女っぽく女装しなくてはならない」というのはどちらも偏見で、ごくごく一般的な風貌で、普通に働き、中には奥さんやお子さんがいる人もいらっしゃいます。

 

心と体が男性で、好きになる対象が男性であるというだけで、着る服も、話し方も、暮らし方も、皆人それぞれなのです。たとえゲイの人がお互いに理解し合い大切にしあう女性と結婚をし、共に協力して子供を育てているからと言って、誰からも非難されるいわれはありません。

 

そう、私たちが知らないだけで、世の中にはあらゆる「愛の形」と、あらゆる「選択の仕方」と、あらゆる「生き方」があるのです。

 

同性婚が合法化すれば多くの愛し合う男性カップルは喜ぶでしょう。しかしそうなっても、自分がゲイであることを世の中に隠し通すことも一つの選択肢ではありますし、大切に思う女性と人生を共にすることも一つの選択肢でしょう。

 

また、男性同性愛者はよく「ホモ」という言葉で揶揄されますが、こちらは差別的な言葉であり、不愉快な思いをする人もいらっしゃるので「ホモ」ではなく「ゲイ」という言葉を使用するようにしましょう。

 

レズビアン(Lesbian)

LGBTの「L」の部分を指す「レズビアン」は女性同性愛者を意味します。

よく「心が男性なのか」「仲が良すぎるだけじゃないのか」と誤解されるのですが、レズビアンとは

 

「体=女性」「心=女性」「好きになる人=女性」

 

という人たちのことです。

 

「レズビアンは男性嫌い」「レズビアンは女性至上主義者」というのも誤解です。もちろん中にはそういった人もいるでしょうが、それは異性愛者の女性においても存在します。

 

またゲイと同じくレズビアンも「ボーイッシュな女の子と可愛い系の女の子がカップルになる」わけでは必ずしもありません。当たり前ですよね。

 

ゲイにしても、レズビアンにしても、それらのイメージは映画やアニメーション、漫画などのメディアによってつくられたもので、実際にはゲイの数だけ、レズビアンの数だけ多様なカップル、多様な愛、多様な付き合い方が存在します。

 

それは全く異性愛者と同じ理屈です。

 

テレビや映画のカップルはみな一様に美男美女ですが、実際はそんなことありませんよね?

またはアニメの平凡な男性主人公が次から次へと現れる美少女に告白されまくる、なんてことは実際にはどれほどあるでしょうか?

 

異性愛者についての「メディアが作った虚像」は一般人にも「そんなうまいこと、そうそうないよ!(笑)」と判断できるのに、ことLGBTに至っては良く知らないものだから「そういうもんか!」と、いとも簡単に受け入れてしまうのです。

 

今ちょっと、自分のメディア耐性に恐怖を感じませんでしたか?

 

そう、人間は自分が身をもって知っていることなら判断がつくのですが、知らないことについては「イメージ(虚像)」や「誤解」を簡単に受け入れてしまうのです。

 

もちろんゴリゴリのゲイも、ボーイッシュなレズビアンも存在します。しかしそれはゲイやレズビアンを代表する「象徴」ではないということを知っておきましょう。

 

また、「レズ」という略称は侮蔑的な意味合いを含むと捉える当事者も多いので、「レズビアン」又は「ビアン」という呼称を使用するようにしましょう。

 

同性婚の問題

ゲイやレズビアンに必ずついて回るのがこの問題です。

 

ここで1つ問題です。

 

問題:私たちは好きな異性と望めば結婚できるのに、同性愛者はどうして好きな人と一緒にはなれないのでしょうか?

 

「普通に考えてなくない?」

「子供産めないじゃん」

「そんなこと許したらエイズ(HIV)が蔓延する」

「倫理的に外れているから」

「宗教的に許せない」

「養子になった子が可愛そう」

「外国へ行け」

「同性愛者の夫婦が近所に住んでいたら嫌だ」

 

日ごろからLGBTの問題に関心を持っていると、およそ同じ人間に向けて言うべき言葉とは思えないこんな声がよく聞こえてきます。

 

ちょっと上記の意見を冷静に見てみましょうか。

 

「普通に考えてなくない?」

⇒その「普通」はある個人の狭い常識の中での「普通」なだけです。また別の個人にとってはまったく逆の考えが「普通」であるなんてことは、よくあることです。

 

「子供産めないじゃん」

⇒様々な事情で産めない人はたくさんいらっしゃいます。そういった人も含めて、「養子」という選択肢があっても良いのではないでしょうか。事情があって親のいない子供に、温かな家族と家庭を与え、共に幸せを築けるなら、それは素敵なことだと思いませんか?

 

「そんなこと許したらエイズ(HIV)が蔓延する」

⇒それは全くの誤解です。同性愛者であっても、異性愛者であっても、カップルでHIV検査を受けたり、コンドームなどを正しく使用すればエイズは防げるし、コンドームもなしに性関係を持てば等しくエイズやその他の性感染症にかかるリスクはあるのです。不用意な性行為は、同性か異性かの差異ではなく、個人のマナーやモラルの問題です。

 

「倫理的に外れているから」

⇒倫理とはなんでしょう。人類の子孫繁栄の理に反するということでしょうか。よく「同性婚を認めると人類が滅びる」なんて言う発言がありますが、これも全くの誤解です。むしろ人間以外の動物の世界では昔から「同性間の交尾・性愛行動」や「両性間の交尾・性愛行動」はかなりポピュラーなものです。それにも関わらず、あらゆる動物たちは人間と同じく地球上でたくましく暮らしています。彼らが滅びる理由のほとんどは気象やエサになる動物の減少などの環境の変化によるものか、疫病、あるいは人害によるものです。

 

「宗教的に許せない」

⇒宗教は「幸せになるため」「救われるため」に存在し、信じるのではないでしょうか?どの宗教も、どんな神様も、人々の幸せの権利を保障しているはずです。それなのに、人間がいくつかのルールにこじつけて、他人の幸せを「NO!」と否定してしまうのは、かなり暴力的なことです。神様は他人の幸せを阻害するような行為を、許しはしないでしょう。幸せになれない宗教を、誰が信じ続けるでしょうか。

 

「養子になった子が可愛そう」

⇒自分の幸せは自分が感じ、自分が決めるものです。むしろ外野が「あの子可哀そう」と言うことにより、その子が多大な不便と苦痛を感じることに、早く気づかなくてはなりません。

 

「外国へ行け」

⇒実際に日本では愛する人と幸せになれないことから、外国へ渡る人も少なくありません。もしLGBTが全て日本より素敵な国に渡って幸せに暮らせるとしたら、日本もさぞ素敵な国になるでしょうね?

 

「同性愛者の夫婦が近所に住んでいたら嫌だ」

⇒私だったら、あなたのような排他的な考えの人が近所に住んでいたら嫌ですけどね。違う様々な理由でも他者を傷つけたり退けたりしそうだと思われても仕方ありません。

 

いかがでしょうか。世間で言われている「同性婚ってダメじゃない?」というなんとなくの拒否感は、「誰かの幸せを奪えるほど」しっかりした理屈を持っているわけではないということがお分かりいただけたと思います。

 

海外で同性婚が合法化されているのは何故?

外国では次々に同性婚が認められてきている昨今ですが、どうしてその国では認められるようになったのか気になりませんか?

 

理由はシンプルです。

 

 

「愛する者同士が家族になり、共に暮らし、幸せな家庭を築き、温かな愛で子どもたちを包み、育むということを、いったい誰が邪魔できるというのか。そんな権利は誰にもない」

 

これに尽きるのです。

 

もしゲイのカップルやレズビアンのカップルが養子を迎え入れ、普通のカップルと同じように懸命に養育しているのにも関わらず子どもが不幸になる原因があるとすれば、それは「ゲイの親の子」「レズビアンの親の子」「可哀そう」「気持ち悪い」と他人の幸せを引き裂こうとする一般人側の歪んだ認識や主張の方に問題があるとしか言えません。

 

他人の幸福追求権をはく奪していいわけがありません。

 

多くの国が次々と上記のシンプルな理由によって「同性婚の合法化」を達成していくなか、

 

日本人はどうして「自分と違う愛の形を持つ人」「自分と違った性的指向を持つ人」に何としても幸せを与えまい、とするのでしょうか。

 

「別に愛し合う二人が一緒に住むのはいいんじゃない?でも憲法上の問題があるから結婚はダメだよね」とお思いの方のために、以下で日本の「結婚」について書かれている憲法に触れたいと思います。

 

実は日本の憲法は同性婚を「ダメ」と規定していないんです。

 

日本の憲法においての同性婚の解釈とは

 

まず、憲法の条文のうち、結婚について書かれている24条を見ていきましょう。

 

憲法24条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】

1、婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2、配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 

こちらの条項に書かれている内容は、もともと憲法制定以前の日本では男性の優位性が強く、結婚する際にも女性の権利が男性と同等に認められるとは言い難く、その「家制度」を改善しようという趣旨で作られた条項です。

 

つまりここで言う「両性の平等」というのは、同性婚を否定するために作られた項目ではなく、男性優位の結婚制度を変えるために、男女平等な家庭制度にするために使われた句であるということです。

 

(参考:LGBT支援法律家ネットワーク有志発表の「同性婚と憲法24条の解釈に関する報道について【要請】」

 

もちろんこの時代に「同性婚は認められないから「両性」としておこう」などと考えた人々は誰一人としていませんでした。

 

人類は、男性優位の社会からどうにか男女平等を唱え、完全とは言えませんが実践される世の中へと変わってきました。

 

今度は、男女の平等だけでなく、すべての人の結婚の平等を模索していくことは、時代の流れ的にも理にかなったものではないでしょうか。

 

人類は一つ、また一つと新しいものに目を開いてきました。また一つ、すべての人が幸せになるための扉を開く努力を、みんなで力を合わせてやっていく時ではないでしょうか?

 

 

憲法13条【個人の尊重】
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

 

憲法13条でも、このように記述されています。すべての国民にはもちろんLGBTも含まれますよね。

 

憲法14条【法の下の平等】
1、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

憲法14条でも言われている通り、LGBTであるという理由で幸せになる権利や、病院で愛する人に面会する権利、一緒に一つ屋根の下に暮らす権利などを阻害されてはならないということです。

 

また、宗教的に・倫理的にそぐわない、外れている、という主張でいかなる個人も攻撃してはならないということです。

 

宗教や信条、考え方は人それぞれです。その人の思想を否定することはいたしません。

 

しかし、その思想によって他人を攻撃するということは憲法14条で禁止されているのです。

 

LGBTにも、自分が望む人と合意により結婚し、両パートナーの平等のもと、互いに協力し合って家庭生活を維持する権利があるということです。

 

この権利に向けて日本でも活動している方々がいらっしゃること、大変素晴らしいことだと思います。

 

私たちが愛する異性と結婚できるのと同じように、すべての人が日本でも夢を叶える機会が得られますように。

 

両性愛者(Bisexual)とはどんな人達?

LGBTの「B」の部分を指す「バイセクシュアル」は両性愛者を意味します。

バイセクシュアル(両性愛者)とは、

 

男性として生まれた人「体=男性」「心=男性」「好きになる人=男女両方」

女性として生まれた人「体=女性」「心=女性」「好きになる人=男女両方」

 

という人たちを意味します。

 

「なら普通に異性を愛せばいいじゃない?それなら問題なし!」とよく思われがちですが、そううまくいかないからLGBTという性的マイノリティとして分類されているのです。

 

どういうことかと言えば、一般人の女性がA君を好きになる時に、そこに「理由」がなかったように、ゲイの人がA君を好きになる時に、そこに「理由」がなかったように、一般の男性がBさんを好きになる時に、そこに「理由」がなかったように、バイセクシュアルの男性がたまたまA君を好きになること、またはBさんを好きになることに「理由」がつけられないということです。

 

男性バイセクシュアルの太郎さん(仮名)がもしBさんを好きになったとしましょう。周りから見たら、一般的なカップルになりえますね。

 

しかしこの人がもしA君を好きになったとしたら。ゲイだと思われるでしょうね。

 

でもこの人は実はBさんを好きになる可能性だってあるのです。だからと言って、「ねえ、Bさんを好きになれるならA君を好きになるのはやめて、Bさんにしときなよ」なんて、変な相談なのです。

 

あなたがもしBさんに思いを寄せる男性読者だとしましょう。誰かに「ねえ、Cさんのことを好きになったらいいじゃない。Cさんのことだって好きになりうるんだったらさ」なんて言われたら、どう思いますか??

 

「は?!俺はBさんが好きなのになんでCさんを好きにならなきゃならないんだ???」

 

そう思いませんか?

 

そう、バイセクシュアルの人にとって、「AじゃなくてBにしとけ」という忠告は、まったくもって馬鹿らしい話なのです。

 

なぜなら、一般の人が異性を好きになるのと同じ当り前さで両性の垣根なく人を好きになるからです。それが美しいとか、奇異だとか、そういうレベルの話ではなく、彼らにとって女性を好きになることも、男性を好きになることも、自分で選べる種類のものではなく、そう、まさに理由などなく「好きになる」から「好きになる」のです。

 

「そんな茨の道を進むことないじゃないか。異性を選んでおけよ」という忠告、気持ちは分からないではありませんが、「好き」という感情の前には無意味だということを理解しておきましょう。

 

 

トランスジェンダー(Transgender)とはどんな人達?

次にLGBTの「T」の部分に当たる「トランスジェンダー」について説明していきます。

 

トランスジェンダーは日本では「性同一性障害(せいどういつせいしょうがい)」と言った方が通じ易いでしょう。

 

しかし一口に「トランスジェンダー」と言っても、実は「性同一性障害」の人だけを指す言葉ではないんです。本当はもっと広い範囲の「性の越境者たち」を指す言葉なので、詳しく見ていきましょう。

 

トランスセクシュアル

スポンサーリンク

まずは、「性同一性障害」という生まれながらにして反対の性の心を持ち、生きていくうえで大なり小なり不都合を感じるため、心の性に体の性を合致させたいと願う人。またその願いを叶え、性転換手術をして体を変え、もともとの心の性で生きる決意をした人たち。この人たちを「トランスセクシュアル」と呼びます。

 

性同一性障害はICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)やDSM-I(精神障害の診断と統計マニュアル→アメリカ精神医学会によって出版された書物)などにおいては「精神病」として扱われていますが、2003年イギリス政府が示した「性別移行者に関する政府政策」においては「性同一性障害は精神病ではない」と宣言されています。

 

また、2010年には欧州評議会人権弁務官を務めるトマス・ハマーベリによって、ICD-10やDSM-Iの(性同一性障害は精神病であるという)分類と、性同一性障害者が性別変更をする条件として性器を手術によって除去することを求めるやり方に強い懸念を示し、世界各国に是正を求めました。

 

さらに、WHO(世界保健機構)やアムネスティインターナショナルなどの国際人権団体においても、性別適合手術を戸籍上の性別を変更するための条件にするべきではないと明言しています。

 

※性別変更に関わる性転換手術の問題についてはのちほど詳しくご説明します。

 

トランスセクシュアルについてよく誤解されがちなのが、「心の性に体を合わせるのはいろいろ大変だから、生まれ持った体にメスなんて入れないで、心の方を体に合わせたらどうか?(つまり精神を治療したらどうか?)」という考えです。

 

もちろん、(生まれつき五体不満足で生まれた方の不便を私たちが理解しづらいのと同じように、)トランスセクシュアルになったことのない人には一見理解しづらいことですが、理解できないことだからこそ、こちら側の常識で「こうしたらいいじゃないか」と断定することほど恐ろしいものはありません。

 

体の性に心の性を合わせられるくらい簡単なことなら、とっくの昔に彼らは楽になれています。

 

同性愛者や両性愛者が一部の宗教から嫌悪されるのとはまた別の理由で、トランスジェンダー(トランスセクシュアル)もまた多くの人から疑問視される一面を持っています。

 

それは、「親からもらった体にメスをいれることないだろう」という意見です。

 

ではこの意見に答える前に、ちょっと一緒に「想像」してみましょう。

想像力をフルに使って、感情移入して以下の文を読んでみてくださいね。

 

まずは一般の女性の皆さん。「心が女性で体が男性として生まれてきた方」を想像してみてください。

 

私は男性として生まれてきました。小さい頃は、お姉ちゃんのスカートを履いたり、人形で遊んだり、お母さんの口紅を勝手に使ったりして、見つかると必ず「男の子でしょ」と取り上げられました。そのたびに「どうしてお姉ちゃんはよくて私はだめなの?どうして私は女の子じゃないの?」と悲しい気持ちになりました。

 

成長するにつれ、いつかなくなるだろうと思っていたペニスはどんどん成長し、体は筋肉質になり、肌も厚くなってきました。声がどんどん低くなるし、しつこいニキビもできるし、思いもよらないちょっとしたことで勃起することに壮絶な嫌悪感を感じます。男友達は何かって言えば下ネタばかり言います。

 

私は本当は女の子たちと好きな子の話をしたかった。アイドルの話で盛り上がったり、スカートも履きたい、ヒールも履いてみたい、男性たちが焦がれるような大きな胸が欲しい、男の子に告白されてみたい、女性として見てほしい、可愛い声で笑ってみたい、彼氏ができたらエッチもしてみたい。なのに……私の体には胸もなければ男性器を迎え入れる場所もないのです。

 

好きな人には絶対に死んでも見せたくないものが、私の脚の間にはぶら下がっている……これを見るたびに恋もクソもないわと絶望します。あの人に手を握られて、小さくて柔らかくて可愛い手だねって思われたいのに、日に日に手が骨ばってゆきます。このまま生きていたら確実にオジサンになってしまう。

 

何も知らない親の期待にそのまま応えるとしたら、私はサラリーマンになって、女性と結婚もして、見たくも感じたくもないこの性器を無理やり女性の性器に押し込んで、子供ができ、パパと呼ばれ、一家の主として生活費を稼ぐために禿げてゆく頭を下げ、オジサンに囲まれながら男子トイレで用を足したり、女性の接待を受けたり、そのうちどうしようもなく自分の体からオジサンの匂いがし始めるでしょう。

 

すね毛はボーボー。剃ってつるつるにしたいけれど、一家の大黒柱の私が突然そんなことをしたら、家族が卒倒しちゃうかもしれません。もう何億回も恐ろしいシュミレーションをしてみるけれど……そんな未来、耐えられない。心も完全に男になり切れるんだったらどれほど楽か。でも何度やってみてもなれない。

 

あの人が好きだし、あの人に抱かれたいし、女性として愛されたいし、オシャレもしたい。柔らかい肌になりたい。可愛いって言われたい。私だって、守ってもらいたい。このままオジサンになるくらいなら、死にたい……。

 

想像してみましたか?ちなみに上の記述は当事者の話に基づいたものです。

 

このような葛藤を、あなたがもし多感な少女時代に経験しなくてはならない運命として生まれてきていたら……。そしてそれを、世界中のほとんどの人は理解してくれない、いえ、理解しようという努力をしてくれないとしたら。「精神病院に行って、心の方を治してもらいなよ」と言われたら。

 

・・・・・・。

 

次に一般の男性の方は「心が男性で体が女性として生まれてきた方」を想像してみてくださいね。

 

僕は女性として生まれてきました。両親は僕を女の子として可愛がり、大切に育ててきました。でも、僕がこれまでどれほど自分を抑圧しながら生きてきたかを、両親は知りません。

 

僕は幼いころはほとんど男の子たちと遊びました。彼らと遊ぶことが当たり前でしたし、なんのスポーツやゲームをしたって、いつだって本気で、人一倍練習もしましたから、負けなしでした。

 

それに、男勝りな僕が接しやすかったのか、彼らも僕を女として見ていないようで、その時代は居心地がよかったのを覚えています。しかし中学に上がるころには友人たちは次第に背が伸び、力が強くなり、僕はあれほど負けなしだったスポーツで彼らに全く勝てなくなってきました。依然として誰よりも練習しているのに、です。

 

そして、僕だけがセーラー服を着なくてはなりませんでした。胸も膨らみはじめ、太ももやお尻にも肉が付き、男子たちは僕を「女」としてみるようになりました。

 

喋りかけると恥ずかしがられたり、まるで女子にするみたいにからかわれたり、時には優しくされたり。僕はそんな関係ではなく、昔のように、一緒にふざけて遊び、冗談で小突き合ったり、大口開けて笑ったり、真剣勝負をしたりしたかったのに……。

 

そして大人になるころには僕はどうにか社会に適応しようと懸命に女性になる努力をしました。可愛い恰好をし、化粧をし、柔らかく可愛らしく振舞いました。男が次から次に寄ってきました。そして気づいたんです。まったく嬉しくないことに。こいつらに女として犯されるなんて耐えられない!僕が望んでいるのはそういう関係じゃなくて、対等な友人なんだ!

 

その頃、自分の体を鏡で見て、自分で興奮を覚えるほどに僕の体は女になっていました。もちろん生理がやってきます。毎月毎月、子供を産む準備をしようと体があり得ないほど痛い腹痛と立っていられないほどの貧血を僕に突き付けてきます。下着が血で汚れるたびに、僕はヒステリーを起こしそうになりました。何もかも不条理な気がして。

 

もちろんこの先就職だって女としてしか見られないし、もしかしたら結婚をして子供を産む……いややっぱり子供を産むのは考えられません。恐ろしすぎます。お腹に子供ができたって知ったらどうしていいのか分からなくって精神がまともでいられる自信がありません。未来が全く明るくない日々。

 

……僕を女としてみる人間たちからのレイプすれすれの暴挙を何度か経験したのち、僕はこれ以上女として生きているのは耐えられないと悟りました。

 

想像してみましたか?アニメで体が入れ替わると、ラッキースケベだ!なんて自分の(入れ替わった他人の)体を触ってみたりして、嬉しいんじゃない?なんて思いますか?

 

もし心が男性であるあなたが上記の例のように女性の体の成長と、とりまく環境の変化に翻弄されながら思春期を過ごさなくてはならないとしたら……。そして、自分と同じ種類の性欲を持った男たちが、自分を性の対象として見ていることを感じながら、社会の中で生きていかなくてはならないとしたら。男として認められて仕事をしたいのに、会社は自分の能力を女としてしか評価してくれないとしたら……。

 

「性同一性障害」「トランスジェンダー」という言葉を聞いたことはあっても、当事者の身になって想像の中で疑似体験してみたことは今までなかったのではないでしょうか?

 

あなたが理解できない人間が目の前にいるとき。その人の立場になって考えてみてください。たったそれだけでいいのです。すべて理解できなくてもいいのです。「理解しようと試みた」、それがどれほど人間的な優しい行為であるか。完全に理解されることは難しいマイノリティの人たちにとって、これは最上級の理解でありとても嬉しいことなのです。

 

彼らは「理解しろ」なんて誰も言いません。

 

想像力を持ってほしいだけなのです。

 

さて、最初の意見をもう一度見てみましょう。

 

「親からもらった体にメスをいれることないだろう」

 

彼らの苦しみがメスを入れることで軽減されるなら、入れるべきだとは思いませんか?

そのまま苦しみながら死んでゆくほうがいいでしょうか?

 

体にガンが見つかったとき、なんの迷いもなく私たちはメスを入れることを選択します。

苦しみを取り除くためです。

 

自分で性別を選んだわけでなく、生まれた時から逆の性で生まれてきてしまった人は、メスを入れて体を生きやすい性に近づけることができるなら、そうしてもいいと思いませんか?

 

クロスドレッサー(トランスヴェスタイト)

簡単に言うと「異性装者」のことです。「女装」や「男装」をする人たち、と言った方が分かりやすいですね。

 

クロスドレッサーの人たちは必ずしも性同一性障害のように「自分の体に違和感がある。体を心の性と合致させたい」と思っているわけではありません。趣味や性的興奮のために異性装をするという場合もあるのです。

 

しかし性同一性障害の人が「クロスドレス(異性装)=この場合自分の心の性にあった格好」をしてクロスドレッサーのコミュニティに在籍するというのは多々あることです。

 

ここで、「クロスドレッサー=性同一性障害」という誤解や、「クロスドレッサー=性別を変えたい人ではない」という誤解が起こらないようにしなくてはなりません。

 

 

「そんなややこしいこと、一般人に理解しろとか図々しい!」

 

とお思いですか?

 

彼らのことを正しく知るたった一つの方法があります。

 

それは、もし異性装者に出会った時に「あなた、性同一性障害ってわけじゃないんでしょ?ただの女装家、変態趣味なんでしょ?」という決めつけから物を言わずに、本当にその人のことを知りたいと思うのなら誠実に尋ねればいいのです。

 

「誤解したままあなたを理解したくないのでもしよろしければ教えていただきたいのですが、あなたは趣味で女装をされているのですか?それとも心も女性として生きることを願っているのですか?」

 

自分のことを正しく知ろうと思って質問してくる人を、嫌がる人はあまりいません。

 

しかし、すべてのLGBTの人が「自分自身を正しく理解している」とは限らず、いまだ「自分とは何者だろうか」と思い悩んでいる状態の人も多く存在するので、その点については覚えておいてください。

 

自分でも自分がまだよくわからず、確信が持てないという理由で答えを言いたがらない人も中にはいるかもしれないということです。

 

このような普通の人間として当たり前のマナーを持った質問をすることすら煩わしいのであれば、特に関わる必要はないでしょう。向こうもそのような方と関わるのは本意ではないでしょうから。

 

また「異性装」をする理由には様々なものがあります。

 

「趣味」「性的興奮」「性的違和感の軽減」「芸術やファッションとして」「文化として」「宗教的の儀式として」など、一言に「クロスドレッサー」としてひとくくりにできないほど多様です。

 

一番いいのはやはり見た目で判断せずに、その人に関心があるなら本人に「あなたはどうして異性装をするのですか?」と聞いてみると良いでしょう。それこそ「人間的」な行為ではないでしょうか。

 

トランスジェンダー

 

トランスセクシュアルとクロスドレッサー、そしてその他の「性別越境者たち」すべてを総称して「トランスジェンダー」と呼びます。これは広義の意味ですが、実はトランスセクシュアルとクロスドレッサーのほかに、

 

生まれ持った性別(体の性)に違和感は感じているが、性転換手術までは望まず、(あるいはホルモン治療のみで満足し、)逆側の性で認識されることを望んだり、既存の性区別に収まりたくないと望んでいる人、またはそのように生きている人たち

 

がいます。狭義ではこの人たちのことを「トランスジェンダー」と呼んでいます。

 

あるいは心的には逆の性別に近いけれど、体(性器)には不満がないという人もいます。

 

これらの説明を聞いて今までの常識から「変!」と断じてしまっては思考停止です。「そうか、自分が知らないだけで、いろんな体の感じ方をする人がいるんだな。それによって生きづらい思いをしているんだな」ということを、新しい知識として覚えておきましょう。

 

Xジェンダー

まだまだあなたの常識を壊し、世界を広げていきますよ!

 

トランスジェンダーのほかに、日本で生まれた言葉ですが「Xジェンダー」と呼ばれる(あるいは自称する)人々がいます。

 

この人たちは、

 

本人の性自認が「男性でも女性でもない無性」「男性でも女性でもある両性」「ちょうど中間くらいだと思う中性」「男女を行ったり来たり定まらない(流動的な)性である」

 

など、既存の「男女」の観念には収まらない性自認を持った人たちです。

 

「Xジェンダー」という言葉が生まれてからそれほど経っていないのですが、「自分は『男女』どちらかという区切りでは説明できない」という気持ちを抱えて真剣に悩んできた人たちにとって、自分をカテゴライズすることのできる言葉が生まれたことは多くの場合喜びでした。

 

「そのままでもいい」「それが自分らしいのならば、男女どちらか、あるいは無理にトランスする必要はない」と、初めて「決めること」から解放されたのです。

 

私たちは一般的な常識に当てはめて、当たり前のように「男女どちらか」しか選べないものだと思い込んでいますが、男女どちらにも当てはまらない心を持って生まれてきた人に、「どちらかにハマっておけ」という命令は、なんとも酷だとは思いませんか?

 

「そうか、そういう人もいるんだな」と私たちが知ることによって、どちらにも当てはまらない人たちがより生きやすくなる世の中を作れるのです。

 

これが「非常識が、常識になった瞬間」です。

 

トランスジェンダーのゲイ・レズビアン・両性愛者とは?

 

さあ、ますますあなたの知らなかった世界が開けてきました。メキメキと音を立てて広がってゆくあなたの常識、あなたの世界、あなたの脳みそは、ちゃんとついて来れていますか?

 

もう一つ、今まで生きてきて考えてもみなかったであろうことをお教えしましょう。

 

実は、トランスジェンダー(トランスセクシュアル)にも、ゲイやレズビアン、両性愛者である人が決して少なくない数で存在します。(もちろん全人口から見れば少ないですが。)

 

頭がこんがらがってきましたか?

 

図解してみましょう。つまりこういうことです。

 

女性の体で生まれてきたAさんは実は男性の心を持っています。

人生を変えよう、自分らしく生きようと決意して、男性になりました。

しかしAさんはもともと「自分は男性であり、男性を愛する」というゲイだったのです。

よってAさんは性転換手術をして体を男性に変え、(性別も変えるかもしれませんね、)男性とカップルになる、ということです。

 

もしAさんが女性の性別のままでいれば結婚はできますが、体を男性に変えたので世間的にはゲイのカップルに見えますし、「なぜ結婚できるの?」と混乱を招きます。(同性婚が合法化すれば特に混乱すべきことでもないのですが)

 

一般人から見れば、「なんでこんなややこしいことを!!!」と思うかもしれませんが、Aさんにとっては、「男性として男性に愛されたい。男性として男性を愛したい」というのが心の底からの「魂の願望」であり、その通り生きることが彼にとって最も幸せなら、彼がその幸せを追求する権利は当然あるということです。

 

確かにややこしいかもしれませんが、「心の性に体の性を合わせる」というシンプルな問題と、好きな人が同性であるというシンプルな問題がたまたま重なっただけのことです。

 

先ほどの両性愛の人にかけたような「じゃあ元の体のまま好きな人と結婚すればいいじゃん!(そうすれば普通の男女のカップルじゃん!)」という発言は、もう意味のないことだとお分かりですよね?

 

性転換手術と性別変更に関する現在の問題点

 

性同一性障害者のうち、性転換手術をして性別変更までを望む人は以下の条件を満たすことが、現在では法律で必要とされています。

 

【性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第三条】
一  二十歳以上であること。
二  現に婚姻をしていないこと。
三  現に未成年の子がいないこと。
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

 

これについて問題に思うことは2つあります。

 

1つは2番の「現に婚姻をしていないこと」という点です。

 

何故なら、パートナーの心の性別が反対の性であることを知って理解したうえで、一緒になろうと結婚する夫婦も多く存在するからです。

 

ついに経済的な面をクリアし、家族の応援と理解を得て「よし、性別を変更しよう!」という段階まできたとき、性別を変更するには、今まで愛し合い助け合ってきた夫婦なのに離婚するしか方法がないのです。

 

もし「同性婚」が可能な日本になれば、このような夫婦も離婚をせずに「自分らしい性別」を手に入れることができるようになるのです。同性婚の問題は、トランスジェンダーにとっても他人ごとではないということです。

 

さらに4番5番の問題は、多くの性同一性障害者を苦しめています。

 

もちろん「体を心の性に合致させる手術」をしたいのはやまやまなのですが、性転換手術には女性なら最低でも約200万以上、男性なら最低でも約400万円以上かかるのです。

 

体と心の性が合っていない性同一性障害の人は、ホルモン治療をやっているやっていないに関わらず、多くの場合すでに「異性装」または「異性に見える」レベルで生活をしています。そうすると、何が大変かというと「働くことが大変」なのです。

 

そんな状態が嫌で、見た目(現時点では異性の見た目)と法的性別を合わせて早くまともに働ける状態にしたいと願っているのに、まずは大金はたいて手術をしてください。それから性別変更の話を聞いてさしあげます、という法律なのです。

 

確かに、この法律の意味するところは理解できます。

 

「性器が見た目と合っていない場合、公衆浴場などで混乱が生じる」というものです。

 

でもこれって馬鹿らしいと思いませんか?性器と見た目があっていないのに、性同一性障害の人が公衆浴場で裸になると思いますか??

 

答えは99.9%「NO」です。まあ、どこの世界にも0.1%くらいは「公共の福祉」を考えられない人がいるでしょうが、そんなことは論じるまでもありません。

 

この特例法はそもそも、「性同一性障害の人がすでに見た目が(ホルモンや本人の努力によって)逆の性になっており、その状況ではむしろ社会的混乱を呼んでいるのが現状なので、この生きづらさと社会的混乱をどうにかしましょう!」ということで出来た法律なのです。

 

それなのに、実際には性同一性障害者が越えるのが大変なハードルを設け、しなくてもいい手術まで要求しています

 

しなくてもいい、というのは、もちろん「できるものならしたい!」と望んでいる人が多いのですが、「健康上の理由や長生きして家族をしっかり養いたいなどの理由から、子宮や卵巣・精巣などの内臓を取り除く手術をするリスクをとりたくない」という方もいるということです。

 

ちょっと冷静になって考えてみましょう。

 

もしも4番5番の条項が緩和されれば、メスを入れなくてもホルモン治療だけで反対の性別の外見になれ、本人もそれで満足し、性別も変更されたので社会的混乱もなく、好きな人とも結婚でき、定期的に公衆浴場へ行って人々を混乱させて楽しむ趣味がない普通の人ならば、メスを強制で入れなくてもいいとは思いませんか?

 

わざわざ「大金をはたけ」「メスを入れろ」という法律、どうにかならないかなと思うのは私だけではないはずです。性同一性障害者という「少数者」の界隈のことはどうだっていいし、好きにしてくれ、と思っているそこのあなた。

 

あなたの娘や息子、孫やひ孫が、同じ問題で将来悩む可能性だってあるんですよ?そのとき、彼らが「メスまで入れなくても、幸せに暮らせるんだけど、これ以上社会的混乱を招かないために性別を変更するには内臓をとるしかないんだ・・・」と悲しげに言ったとき、あなたは無関心でいられますか?

 

4番5番はぜひ見直してほしい条項です。

 

3番の「現に未成年の子がいないこと」というのは理解できますが、その当の子どもが「パパが自分の人生を生きられるようにしてあげて!」というならそこは融通を効かせてあげられる世の中になればいいのですが、法律としてはなかなか難しいところですね。

 

 

「LGBTQ」? Q(クィア)とはどんな人達?

実は「LGBT」は最近では「LGBTQ」と呼ばれることも多くなってきました。

 

「Q」を意味する「クィア」とは、もともと英語の「Queer(奇妙な)」という意味から来ており、昔はアメリカで差別用語として使われていたものですが、それを逆手にとって戦略的にポジティブな意味に転化し、性少数者を表現するのに使用されるようになった経緯を持ちます。

 

現在「LGBT」にQをプラスして「LGBTQ」とする理由としては、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーのほかにも、様々な性的少数者が存在することを「Q」という文字で包括的に表現しようと試みるものです。

 

性的マイノリティーの存在を世に知らしめた「LGBT」という言葉も、実は「4種類の多様性」しか扱っていなかったと反省し、すべての性的マイノリティの多様性を表現する用語として「LGBTQ」という言葉が誕生しました。

 

これにより、分類からこぼれ落ちていたマイノリティも存在するということが可視化されたのです。

 

たとえば、アセクシュアル(無性愛者)ー―他人に対して恋愛感情や性欲が起こらない人、ノンセクシュアル(非性愛者)ー―他人に対して恋愛感情は起こっても、性欲は起こらない人、パンセクシュアル(全性愛者)-―バイセクシュアルが「男女」二つの性別の存在だけを前提にしているのに対し、パンセクシュアルはトランスジェンダーやその他のクィアすべてを含め、性愛に性別など無関係だとする観点から人を好きになる人、などなど、実はLGBT以外にも多様な性と愛の形態があるのです。

 

 

アライ(Straight ally)とはどんな人達?

LGBTアライとは、「LGBTの存在を理解し、彼らが幸せになる権利を得ることに共感・応援するストレートの支援者」のことです。※ストレートとは、性的マイノリティではない一般の人たちのことを指します。

 

もう欧米では企業やアーティストたちが「LGBTアライ」であることを公にし、活動しています。女性や障がい者、外国人雇用については日本の大手企業でも取り組みが進められてきていますが、ことLGBTとなるとまだまだ取り組みが進んでいないのが現状です。

 

「誰もが自分らしく愛し合い、幸せになれる環境を応援します」という企業、素敵ですね!

 

 

あなたが世界を変えた瞬間

あなたがもしLGBTQの人たちを排除しようとしたり、批判しようとしたりするのなら、あなたはずいぶん五体満足で何不自由なく生きてきたのでしょう。

 

って、そんなわけありませんよね?

 

誰しも悩みや困難を抱えています。何不自由なく生まれてこのかたただただ幸せに生きてきた人などいないでしょう。

 

それぞれ悩みや苦しみがあるのに、たまたま性的指向や性自認の問題で苦しみを抱える人に「そんなバカな!非常識だから受け入れられない!」とヘイトする必要があるのでしょうか?

 

ぜひ、「そうか、そういう人もいるのか」と知ってください。

 

あなたが「よく知らない」と思っていた世界が今、「LGBTという人たちがいて、その人たちは好きでそれを選択して苦しんだり権利を願ったりしているわけじゃないんだ。自分と同じように幸せになりたくて、今与えられていない当たり前の幸せを掴む権利を要求しているだけなんだ」と知っている世界に変わりました。

 

あなたの中の世界が変わっただけでなく、今この瞬間、世界が1mm「良い方に」変わったのです。

 

よく分からないまま「なんとなく拒否感」を持っていた人がこの世界で1人、また1人とオセロの黒が白に変わっていくように「無関心・無知」が「知・理解」に変わっていくことで、世界は確実に変わります。

 

あなたの「知」が世界を変えるのです。

 

「世界を変えるなんていう大きな行動をする勇気はない」と思っていましたら、その考えも今日変えてください。

 

あなたは今立派に世界を変えたのです。

 

世界の悪の根本的な活力となる「無関心」を、あなたは今この世界から1つ消し去ったのですから。

 

 

 

 

関連記事:もっと知りたいLGBT!治せる?選べる?昔からいるの?過酷なの?

関連記事:世界のLGBT事情~カナダ・オランダ・フランス・韓国・ベトナム~

スポンサーリンク

 - 世界を広げる! , , , ,